生い立ち父方の叔母に元女優の水の江瀧子がいる。その関係で映画に子役として出演したことがある[2]。大和市立渋谷中学校から横浜市立戸塚高等学校に進学。1966年、放火などの容疑で逮捕され水戸少年刑務所で7年間服役した[2]。出所後、実業家として輸入雑貨店「フルハムロード」、「フルハムロード・ヨシエ」などを経営する。
「ロス疑惑」1981年に当時の妻の一美がロサンゼルスにおいて狙撃され重体となり、後に死亡した事件について、1984年に週刊文春をはじめとするマスコミによって保険金殺人による事件の黒幕であるとの報道がなされ(いわゆる「ロス疑惑」)、テレビのワイドショーや雑誌、全国紙をはじめとする日本中のマスコミによる過熱報道が行われ、三浦本人のプライバシーが著しく侵害されただけでなく、マスコミによる住居不法侵入や私信の無断開封などの犯罪行為が公然と行われていた。
後に銃撃事件に関与した容疑によって1985年に逮捕されるが、後の裁判において検察側は銃撃事件の実行犯を特定できないことがネックとなり三浦の関与の事実を立証する事ができず、1998年の控訴審において無罪判決を受け(銃撃事件の4ヶ月前に起こった傷害事件では有罪となった)、2003年には最高裁でも無罪判決となった。この事件に絡み三浦が拘置所や刑務所にいたのは13年間にものぼる。この事件を機に報道被害の問題などでも積極的に発言を行っていた。
万引き2003年5月8日に東京都港区赤坂で書籍を万引きして現行犯逮捕されたが、不起訴処分となった。また、2007年4月5日にも神奈川県平塚市のコンビニエンスストアで、サプリメントを万引きした容疑で逮捕される。三浦はその少し前に当該コンビニで万引きの疑いが濃い不審な行動をしていたところを防犯カメラに撮影されており、防犯カメラに残されていた映像を見た店側が三浦の顔を覚えて警戒していた最中の犯行であった[3]。小田原簡裁が罰金30万円の略式命令をして、三浦は罰金を納付した。しかしその後、三浦は正式裁判を申し立て、万引きを否認して審理中である。
米当局が逮捕2008年2月22日、旅行中の三浦がサイパン島(米国自治領)で米当局に殺人容疑で逮捕された(「ロス疑惑」)。米紙ロサンゼルスタイムズによると[4]、ロス市警はサイパン当局に対して身柄の早期移送を求めている。同紙は市警当局者の話として、ロサンゼルスで起訴される見通しだと伝えている。また、新たな証拠を得たとの報道もあったが[5][6][7][8]、のちに否定されている[9]。本人は、逮捕に関して憤りを感じていると発言し、元弁護団は日本側捜査機関に対し、証拠提出等の協力を拒否するよう希望すると記者会見で述べた。日本では無罪が確定しているが、カリフォルニア州では殺人などの重大犯罪については時効制度がないため、捜査が未だ進行中であり、それに基づいての被告人身柄確保と思われる。2月25日は一美の55回目の誕生日に当たる。
三浦和義は妻が社長を勤める会社のバカンス旅行に同行して3日間サイパンに滞在。出国するとき逮捕された。捜査当局は、昨年10月頃から入国を予想していた。